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夢のような逃避行

カン 
カン 

響き渡る金属音。 
遠くでは重機が鉄を積む音。 
生まれてからずっとぼくは頭痛になったことがない。 
生まれてからずっとこの音を聞いてるから。 

「今日は"親"が帰ってこないよ。このまま逃げてしまおう。」 
「いいや、"親"が帰ろうと帰るまいと、もう関係ないんだ。」 

親友を地下倉庫へ導いた。 
半年かけて作った大きな催涙弾に彼は大いに驚いた。 

「もちろん、きみも一緒に来たっていい。」 
「これを見たからには、選択肢はひとつじゃないか。」 

ぼくは、この冒険の予感を目前にして彼がどちらを選択するのか、わかっていた。 
しかし問題は、逃げ出したあとだ。 
この街の外を、ぼくたちは見たことがなかった。 

紫色をした遠い空。 
ここは、いったいどこなのか。 

「わかったよ。ぼくにも、そのボタンを押させてくれ。」 

発射装置が起動した。 
しばらくして、街は混乱に陥った。 

プラスチックとゴムで作ったゴーグルをかけて、ぼくと親友は街を駆け抜けた。 
工場のはしごを登り継ぎ、トタン屋根の上を跳ねる。 
人々の叫び声が、ほんの少し、ぼくらを興奮させる。 

10年も鳴り止むのを聞いたことがなかった金属音が消えた。 
職人たちも、鉱夫たちも、みんなが手を止めたらしい。 

「見てみろよ!門番がいなくなってる!」 

息が上がるのもかまわずに、誰もいない門をかけぬける。
ぼくらはついに街を抜けた! 

遠くに見えた紫の空はもう頭上に広がっていた。 
振り向くと街の様子は見えず、門の影だけがぼくらを見送っている。 

ふと、寒気のような恐怖がおそう。 
街に置いてきた大切なものが、ぼくを呼んでいるようだった。 
それなりに思い出は作ってきたから。 
それでも、さようなら。 

「ここは……」 

街の外は、新しい街だった。 
見たこともない、死んだ街だった。 

黒々とした焼け跡が目につく。 
ところどころ、鉄筋の間からのぞく草花。
どれほど昔に滅びたのか。 

「仕方ない、この街も抜けよう。」 

走りぬいてまたひとつ門を抜ける。 
やはりそこには街がある。 
死んだ街だった。
ぼくはこれ以上進むのをためらった。 

「このまま戻っても、頭がおかしいと言われるだけだよ。」 

ぼくらはもっと違う街を探すことにした。
進んでも進んでも、街は死んでいた。
紫色の空の下を、ぼくらはひたすら逃避した。

「もう頭が割れそうだ。この街でどうにか生き延びようよ。」
「無理だ。食料どころか、水だって一滴もないんだよ。」

「ぼくらはどうせ死ぬ運命なんだ。今でも後でも同じことじゃないか。」
「希望を失うな。きっと逃げられる、逃げ切るんだ。」

 

ようやく自分の街へ帰ったのは、20年も後のこと。 
ぼくらの街は、機能を失って死んでいた。 
きっとぼくらが催涙弾を放ってすぐに。

この世界は全て、死んでしまっていた。 
生き残っていたのはぼくらだけだったんだ。
それなりの思い出がここに残されていたのに。 
みんなさようなら。 

空を仰ぐ。紫の空。 
隣で、30年聞いてきた呼吸が聞こえなくなった。 
ロボトミー実験体用の首輪が、ついにその時、錆びれて千切れた。 

さて、することがなくなってしまった。 
この世界に風化するしかないようだ。 
暇潰しにしては充実した人生だった。 

ぼくはかつて自分の家だった施設の前に腰掛けて、ゆっくりと目を閉じた。 

紫色の空の先には、30年間夢見た緑の星があるのだろう。
ぼくらを閉じ込めたいじわるな神々が暮らすという、裕福な星が。






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